サムガク
侍たちの唄

2010-02-03

皆さん
おはようございます。

雪がちらつく
京都より
お送りいたします
不肖長岡でございます。


二日目は
サムガク修学旅行
五度目にして
初チョイス。

京都御所より
スタートです。


一般入り口の
皇室警察に
がん見されている
異集団
サムガク。


こんなところに
足を踏み入れて
いいのでしょうか。

緊張が走ります。


小雪がちらつき
本当に寒い日ですが
今日も一日
楽しみたいと思います。

総括は後ほど。
13:32:32 - Nagaoka -

京都御所から二日目スタート への御意見

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2010-02-02

カテゴリー - 日記
皆さまお早うどすえ?

流石に
体調を崩し
体重の激減に
逆に喜んでいる
不肖長岡です。

恒例の修学旅行に
朝5時45分出発いたしました。

しかしながら
流石
ただじゃすまないサムガク。
というより
俺なんでしょうか。

大雪だし

エルグランドはパンクしてるし。

一年中の中で
一番活躍してほしい日。
というか
この日の為に
買ったようなものなのに

まったく役に立ちませんわ。

急遽
車三台で行くことになりました。

どうなることやらです。

残念ながら
参加出来ない生徒たちもいるので
そうそう
留守番させてるスタッフも五人もいるので

実況中継はしていこうと思います。

乞うご期待!



さて
長期出張から帰ると
ひとつの小包が
届いていました。

俺が教員時代に
四駆の車にはまっていたときに

大変お世話になっていた
車屋さん

4×4チューブ
杉原社長さんからでした。
開校当時
車を一台ご寄付して頂いた懐の大きな方です。

ずっとご無沙汰していて
本当に不躾者で
申し訳なく思っておるところなんですが

先日のテレビを見たり
寒中見舞を出したことを
きっかけに
暖かいお手紙とともに
CDを送って頂いたのです。
「ずっと応援してるから頑張れ。」

そんな激励のメッセージが長岡の心に突き刺さりました。

不肖長岡。
泣かせて頂きました。


こうして
忘れずに支えてくださる
方々がいることに
なんともいえない
勇気と元気とやる気を
見つけることができました。
俺なんぞ
なんのお返しも出来ていないのに
なんの見返りを求めず
与えることだけは
忘れない方。


なかなか出来ることではありませんよね。
こういうことって。

だから
杉さんには
沢山のお客さんが集まってるんでしょうね。

杉さんの
人間的暖かさを
感じざるを得ませぬ。

本当に
ありがとうございました。また
電話しますね。

甲斐魂

京都までの道中。

ガンガン聞かせて頂きます!

四駆購入を
お考えの方は
是非
チューブへ!

http://gxc.google.com/gwt/x?client=ms-docomo-jp&ei=d15nS7yeOYfavAPChvjqBQ&guid=on&output=xhtml1_0&u=http%3A%2F%2Fwww.4wdchubu.co.jp/diary.php&wsc=ti&wsi=f1146afb7e173b39
08:10:34 - Nagaoka -

熱いメッセージ への御意見

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2010-01-29

皆さんお久しぶりです。


人は
自分が幸福であることを知らないから
不幸なのである。

by
ドストエフスキー


この言葉が
身に沁みる
不肖長岡です。

年をとると
時の経つのが早く感じる気がしますが
本当に
それを実感します。

つい昨日
元旦マラソンを走ったつもりでいるのに
もう1/12が終わろうとしている今日この頃
皆さんいかがお過ごしでしょうか。

経営者として
月末ってのは非常に頭が痛いのですが
あっという間に
一か月が過ぎてしまうので
この頭痛がなくなる時はなさそうです。

一年の抱負を宣言して
早くも一か月がたった今

おいおいこのままじゃすぐに40歳になってまうぞ!


変な焦りさえ感じてしまうものです。
それでも
今日も元気に生きていられることへの感謝を
忘れてはなりませぬなあ。

健康あっての人生。

大半の人はですよ
この
絶対条件は満たしているのではないでしょうか?

そりゃ
悩みは尽きず
苦しみを抱えて人生を送っている人がいることも確かですが
それでも

また陽は昇り

その陽を眺める自分がいる。

これが
どれだけ幸せなことか。

それに気づこうとしなければ
間違いなく幸せは遠のいていきます。

俺は
人生の半分前

(変な言い方ですかね)

正確には20年前に
ちょいとした病気をしました。
診断を受けた時は
本当に目の前が真っ白く(真っ黒ではありませんでした)
なったことを
いまだによく覚えています。

そこから
奇跡的に今の状態を与えてもらってですね
ここまで生きてきたわけです。

あの当時
本当に当たり前のことが
すべて
スゲーことに思えました。

自分で立ち上がること。
自分で歩くこと。
自分で便所に行けること。
飯がうまいこと。
自分の家で眠れること。
友達がいること。
息をすること。
目が見えること。
音が聞こえること。


はあ?

なんてことが
全部眩しく
そして感激の嵐だったわけです。

そこが
俺にとっての第二の人生のスタートで
赤子と違って
べったりと記憶があるものですから
それを基準に生きてまいったわけです。

第二の人生20歳を迎え
もう
あの悪夢にしがみついて生きることを辞めました。

病気を理由に
病気をバネに

なんてことを辞めたってことです。


出会った数多くの人々の中で

「病気でいたがる」人がいます。

確かに
同情はされるだろうし
心配している人間を確認することもできる。
いいわけもしやすいし
どこかで
自分を肯定できる「ツール」になりうることは
俺も理解しています。

でも
病気=幸せ


絶対にあり得ません。

少しは楽になった気がするかもしれませんが
間違いなく
幸せに近づくものではないと
俺はそう思っています。

かといって
現在闘病されている方々が
不幸せかというと
そういうことではありませんので誤解ないように。

多分
病気としっかり闘っている人は
その状態を少しでも良くしようと
努力されているわけですから
間違いなく幸せに向かっていることと理解します。

しかし
「どうでも病気でいたい」
という心理の先に
明るさを感じることはないと
そう言いたいわけです。


ある意味
俺は沢山の「ソルジャー」たちと
出会ってきました。

戦いの姿勢を諦めずに
病棟で頑張る人々

信じられない境遇にも拘わらず
いいわけ一つせず
頑張っている人々

その人たちのお手伝いをしている俺の方が
沢山の勇気と幸せを分けてもらっています。

ところが
一方で
いつまでたっても
その場所から抜け出そうとしない人々がいることも確か。


人間の
目標は数知れずあれど

目的は一つ。


俺はそう信じています。

その目的とは

「幸せに生きる。」


これに尽きます。

しかし
目先の「楽」を
とってしまう習慣から抜けきれない人々は
いつまでたっても
幸せになっていきません。

なんでだろうって
思うんですけど
突き詰めてきいていくと

本当に
幼稚園の子どものように

「今がいい。」
とか
「これが幸せ。」
とか
「病気じゃなくなったら誰も見てくれなくなる」

なんてことを
真剣に訴えるのです。

それを聴いてあげるのも
俺の仕事なのかもしれませんが
それをやってあげることはできても
その先がないことを
よく知っているのも
俺自身なわけですよ。

その時の「苦」を取り除いてあげるだけだったら
お手伝いなどしない方がいい。

やっぱり
俺は
その人の明日を一緒に作りたいし
その人の幸せな姿を見てみたい。

だから

それに必要なことは
どんなことがあっても

「ぶらす」

つもりは毛頭ありませんので。



皆さん。
もっと幸せを感じましょう。

健康に
次の日の朝日を浴びられることが
いかに幸せなことであるかを
もっと
真剣に感じてほしいわけです。



そこで
本日久しぶりの格言










他人の記録を塗り替えるのは
7・8割の力でも可能だが、
自分の記録を塗り替えるには
10以上の力が必要だ











他人と比べて
今の自分がどうだとか
あの人は幸せどうだとか
あの人は何でもできるとか
とにかく
他人の「記録」ばかりが気になって仕方がないのが
人間の弱さかもしれませんが

そんなもん

7・8割程度で
どうにかなってしまうものです。

でも
自分の「記録」や「記憶」を超えるには
本当に

マジで

向き合い
そして
立ち向かわねば
かなうものではないと

あの

鈴木君が申しているんであります。



俺自身も
それを痛感しております。

なかなか
自分は超えられない。
でも
自分だから許されることもある。

他人を超えようとして
無駄なエネルギーを使い
疲弊することほど
愚かなことはないと思うのですが。


人生を見つめなおしている
不肖長岡でした。
16:41:31 - Nagaoka -

幸せってなんだっけ なんだっけ ポ○酢醤油が…♪ への御意見

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2010-01-10

カテゴリー - 日記
みなさんハニョハセヨ。

一番おいしいものは
一番最初に食べてしまうに限る
と思っている
不肖長岡です。


年末年始と
久しぶりにゆったりとまったりしていた
不肖長岡ですが
新年の仕事始動とともに
これまた
テレビを見る暇もないスケジュールに追われております。

こういう生活から
脱却するのが
本年の狙いで。

最初から脱線しまくりです。



さてさて
昨日の夜ですが
またスゲー出会いがありましたので
ちょいと報告したいと思います。

ガキの頃から
プロ野球選手に憧れていた俺にとっては
とてつもなく緊張する出会いでした。


東京ヤクルトスワローズの金字塔



古田敦也氏でございますわ。

null



俺の顔が非常に気持ち悪いですが
(本当に美容院に行きたい・・・・。)

テレビで拝見する
古田さんそのままでございました。
つまり
よく言われる


テレビとプライベートとではギャップがある。


なんていう
中途半端なお方ではないということです。

セッティングをしてくださった
チャリティープラットフォームの
佐藤理事長が来ない間

初顔合わせの俺と古田さん二人の時間が続き・・・。


「何で目の前に古田さんがいるんだろう」


とにかくどぎまぎするしかない不肖長岡でした。



聞きたかったこと
知りたかったこと
会の趣旨とは大幅にずれまくる質問をしまくりましたが

全部
本当に面白く応えて下さり

心の大きさを感じたものです。

いやあ
トップアスリートって
人間的にも凄いですなあ。

口から生まれたといわれる長岡が
相槌打つばかりでしたから。


古田さんとも
シンクロにシティーはあってですね

2005年4月24日。


サムガク奇跡の一周年記念日に
古田さんは
2000本安打を記録したわけですよ。


捕手としては
セ・リーグ史上初の首位打者を取ったり
万年最下位的な印象が深かった
ヤクルトスワローズを

何度も日本一に導いた

「ミスタースワローズ」ですから。


スワローズや古田さんに感動するのは
連覇ではなく
翌年四位に終わってしまっても
また返り咲く。

諦めず
自分たちの信じた野球を
やり続ける。

その姿勢であります。

詳しくは
スワローズ関係
古田さん関係のHPをご覧くださいませ。

良くご理解いただけると思います。


そしてもう一人。

メディカルアスリートとして
トライアスロンのプロアスリートとして活躍されている

湯本優さんでございますわ。


俺が断念した?
トライアスロン。

本当は今年の二月に
トライアスロンに挑戦するつもりで
昨年
ラン&バイク&スイム
を練習しまくっていたのですが

そのお試しとして
夏に
一番苦手なスイムを
知多半島の海で実践した際




不肖長岡





死を覚悟しました。






本気で溺れそうになったのですよ。


それ以来。

プールに行くことさえ怖くなりまして

挑戦は
フェードアウトしていたんですが。



湯本さんが


「マラソンやるより10倍楽!」

とおっしゃるので
また挑戦してみようかなと
思い始めているところですが
どうなるかは分かりません。


とにかく
佐藤理事長
古田さん湯本さんと
日本を代表する方々と
新年会に混ぜていただけたことは
本当に光栄でしたし
なんか
いい年明けになったなあと
感動しておるわけです。

学園に戻ると

12回目のサムライフが始まっていました。

9名の全国から集まった
小中高生との期間限定の自由学校が始まりました。


子どもたちとの生活は
無条件にいいですね。

何とも元気になるものです。


彼らの顔を見ていると

心から幸せに生きて欲しいなあって
思うんですよ。


だから決まって
俺の授業は「命」「幸せ」に限定して行います。

子どもたちに授業する前に
ここ数日
改めて
命の大切さについて考えていました。


簡単に
「命は大切だ」とは言うことができても
本当に根っこから考えている人は
この国には少ないんではないかと
俺は考えています。

だから困っている人が多いんだと。
生き苦しんでいる人が多いんだと。

「命は大切。そんなことは当たり前」
ぐらいに
浅はかに考えて命を捉えると
とんでもないことになります。

根っこまで
深く自分の頭で考えることをしないと
その考え方に含まれる
欺瞞(ぎまん)にも気づくことはありません。

根っこまで考えたことのない人間が
「命の大切さ」
を教えようとしても
そんな話に信憑性がないのは当たり前だって思うわけです。

ちゃんと伝える為には

「なぜ命は大切なのか」という問い方ではなく

「なぜ人は命を大切なものと考えるのか」

という問いとして考え伝える努力をしなければならないってことです。

「命を大切なものと考える」
ことの理由は

人間は
「精一杯生きていたい」
「愛する人に生きて欲しい」
という

「生への願望」を持っているからです。
 その
「生への願望」を叶えるために
人は互いの生を
命を
大切にしあうと思うんですね。

脳は単純に
願望つまり欲求を満たすことで「快」であることが出来る。
そこにつなげない限り
本当の理解には至らないと。


「生への願望」を大切にするということは

「やさしさ」や「思いやり」
といった
自分の人間性を大切にする・他人を尊重し大切にする行為です。

相手の存在を尊重し
命を大切にするのは自分自身のための行為です。

「生への願望」をもとにして

「命の大切さ」を語るということは"価値"を軸としていた考え方を

「願望」を軸とした考え方に転換するということです。

それは根拠を必要とする「義務」としての命の大切さから
「願望を源泉とする命の大切さ」へと

パラダイムをシフトさせるということです。

(パラダイムシフト=
 その時代や分野において
 当然のことと考えられていた認識や思想
 社会全体の価値観などが革命的に
 もしくは劇的に変化することを言う。)

 「価値」を
人間社会の中でしか通用しない人間独自のものと前提すると
今までの「命の大切さ」は
根底から成り立たなくなります。

前提が替わっても成立し
誤謬も欺瞞も含まない「命の大切さ」として成り立たせようと思うなら

パラダイムをシフトさせるしかありません。

それは「大切にしないといけないから大切にする」という考えから
「大切にしたいから大切にする」という考え方への移行です。

願望を源泉として
「大切にしたいから大切にする」と言うとき
そこには誤謬も欺瞞も生み出されません。
矛盾もなく、根拠も必要ではありません。



生きることに理由なんてない。


大切にしたいから大切にする。

生きたいから生きる。


願望や欲求に基づいた
シンプルな考え方で
大切なことを教えていける学園。

そんなサムガクでありたいと
子どもたちの顔を見ながら思うのであります。
11:29:10 - Nagaoka -

アスリートの熱 への御意見

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2010-01-07

皆さん
体感温度は
いかほどでしょうか?
暖気運転は
エコではないんですが
ここ信州では
それなくして
安全運転はありえないので
寒い車内で
大きな矛盾と闘っている
不肖長岡です。


上田は
本当に雪が少ないですわ。
長野駅について
残り雪を見て
たった40キロ離れただけで
こうも違うのかと

コートを忘れた
あほう侍
凍えながら
実感しとります。


今年はじめての
県のお仕事。

任期最後の年の幕開け。

よくもまあ
解任されずに
任期をまっとう出来そうなところまできたもんですな。
もともと俺がやる仕事ではないし
役不足もはなはだしい。

それでも
馬鹿なりに
この県に生きる
こどもたちの明日を
真剣に考えてきた
3年6ヶ月でした。

この役職を
やりたい人は
沢山いるらしく

そのこと自体が
俺にとっては不思議そのものなんですが

生涯の中で
ひとつでも

日本史上初

ってものが
経験出来ただけでも
財産となりました。

あと半年。

市長選
市議選
知事選

と目白押しですが
少しでも

小市民の視点で
他人の為に
人生を賭して下さる
方々に
その荷を背負って欲しいものです。


俺は
現場で頑張りますが。



本日の格言








世の人は
我を何とも
いはばいへ
我なすことは
我のみぞ知る











龍馬さん
19歳の時の創句です。



不肖長岡も
好きなことやらせていただく
そんな年にしたいものです。
17:23:25 - Nagaoka -

何をいわれようとも への御意見

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