皆さんこんばんわ。
ここ数年で
一番忙しさに心やられている
不肖長岡です。
余裕が無いので
大切なものも
大切なことも
書くことができませんでした。
言い訳しながら
心から謝罪いたします。
先日
筑紫哲也さんが
この世を去りました。
あまりのショックに
言葉を失いました。
沢山の方々から
その訃報を知らせるお電話やメールを頂きましたが
対応に困る自分がいました。
昨年5月。
こんな小さな学園の特別講座に
筑紫さんは快くおいでくださりました。
お迎えにあがるまで
「本当に来て下さるんだろうか・・」
と心配しましたが
約束通り
筑紫さんは学園の特別教壇に
立ってくださった。
講演内容ははもちろんのこと
俺のめちゃぶりを
快くお受けいただき
「サムガク版NEWS23」
が実現したこと。
あの方の
懐の深さを感じました。
NEWS23おなじみのあの曲が
会場にかかり
筑紫さんが
「皆さんこんにちわ。筑紫哲也です。
今日は変わり者のゲストをお呼びしました。
侍学園理事長の長岡秀貴さんです。」
アドリブで
そういいながら俺をステージに
招いてくれた筑紫さん。
打ち合わせとはまったく違う
対談に
「俺はこんなに幸せでいいんだろうか・・。」
と思ったものです。
勢いで
「あの、本物のNEWS23に呼んでいただけますか?」
との問いかけに
苦笑しながらも
「考えておきましょう。」
と会場の拍手を誘ってくださいました。
講演終了後。
次の会場になる松本へお送りする車中。
筑紫さんの口から
衝撃の事実を聞かされることになりました。
「明後日の放送後、しばらく23は休むんだ。
肺に癌が見つかってね。」
そういって笑うと
具合悪そうに眠ってしまいました。
当日も
とても具合が悪そうで
止まらない咳がとても気になりました。
「禁煙始めたんだ。辛くてね。」
なんとも子どもっぽい表情をお見せになる方でも
ありました。
翌日。
ブラウン管で
筑紫さんが
自らの癌告知をなさり
しばらく番組をお休みする放送を目にしました。
「病に勝って必ずスタジオに戻ってくる。」
そんな気迫を感じたのですが。
筑紫さんなりに
癌との死闘を続け
それでも
時折番組に出演されている姿を
お見受けするとき
「この方は本当に戻ってくるんだろうなあ」
と
復帰を確信していたことも確かです。
しかし
願い叶わず
先日。
あの方は
日本中の沢山の人々に
惜しまれながらも
逝かれました。
インディアンの古い言葉に
こんな言葉があります。
人間は生まれるとき。
泣きながら生まれ
まわりは笑っています。
だから
人間はこの世を去るとき
まわりは泣き
自分は笑って逝けるよう
そんな人生を
送れるよう
筑紫さんの人生は
まさに
この言葉のようだったのではないかと
思えて仕方がありません。
ジャーナリストとして
反権力の姿勢を貫き通したその生き様は
右も左も関係なく
人々に大きな影響を与えたと思います。
また一人
この国は
大事な人を見送ることとなりました。
「この国の未来が心配です。」
多事争論でよく聞いた台詞が
内耳に蘇ります。
筑紫さん。
ありがとうございました。
ゆっくり休んでください。
俺はもう少し
こっちで頑張ってみます。
この不甲斐ない国を
どうぞ見守りください。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
合掌